日本代表にも選出され、さらなる注目を集めている女子バレーボールの鴫原ひなた選手をご存知でしょうか?
コート上で見せる粘り強いプレーとキャプテンシーで、多くのバレーボールファンから高い支持を得ています。
そんな鴫原ひなた選手がどのような学生時代を過ごし、どのような道のりを経てプロのトップ選手になったのか、気になる方も多いのではないでしょうか。
今回は、鴫原ひなた選手の詳しいプロフィールをはじめ、出身中学校や高校、そして大学進学を選ばなかった理由や実業団でのエピソードまで詳しくご紹介します。
鴫原ひなたのプロフィール!身長や現在の年齢など
鴫原ひなた選手は福島県二本松市出身で、2026年8月現在は25歳になるアリーザ愛知所属のアウトサイドヒッターです。
鴫原ひなた選手の基本的なプロフィールを以下の表にまとめました。
| 名前 | 鴫原 ひなた(しぎはら ひなた) |
| コートネーム / 愛称 | ヒナタ |
| 生年月日 | 2001年2月25日 |
| 年齢 | 25歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 福島県二本松市 |
| 身長 | 175cm〜177cm |
| 体重 | 67kg |
| 血液型 | A型 |
| ポジション | アウトサイドヒッター(OH) |
| 所属チームの変遷 | トヨタ車体クインシーズ ➔ クインシーズ刈谷 ➔ アリーザ愛知 |
| 家族構成 | 両親(父:速生さん、母:有子さん)、兄(2人兄妹の長女) |
| 趣味 / 特技 | 趣味:料理、カメラ / 特技:誕生日を覚える |
| 好きな食べ物・アーティストなど | 好きな食べ物:お寿司、フルーツ / 好きなアーティスト:RADWIMPS、XG |
バレーボールを始めたきっかけは、小学3年生の時に幼なじみから誘われたことでした。
それまでは水泳や書道、ピアノを習っており、幼少期は「保育士」になるのが将来の夢だったという意外な一面もあります。
そんな彼女がバレーボールに夢中になったきっかけは、中学生の時にテレビで見た元日本代表の内瀬戸真実選手でした。
小柄でもコートでかっこよく活躍する姿に憧れを抱き、のちに同じ実業団チームで仲間として一緒にプレーすることになります。
鴫原ひなたの出身中学校は?
鴫原ひなた選手の出身中学校は、地元の「二本松市立二本松第一中学校」です。
どのような小学生・中学生時代を過ごして現在の強さを手に入れたのか、それぞれの時期について詳しく見ていきましょう。
二本松市立塩沢小学校の小学校時代
鴫原ひなた選手は、地元の「塩沢スポーツ少年団」に入団してバレーボールの基礎を学び始めました。
当時の監督である山口和彦さんによると、上達は早いものの当時は気持ちが弱く、プレーで失敗すると涙を流すことも多かったそうです。
しかし、小学6年生で主将になると「チームの不調は自分の責任だから後輩ではなく私を怒ってほしい」と監督に直訴するほど、精神的に大きな成長を遂げました。
ちなみに小学4年生の時には、担任の先生からの助言で「超一流のバレー選手になりたい」と夢を書いて部屋に貼っていたという、可愛らしいエピソードも残っています。

引用元:Google map ストリートビュー
二本松市立二本松第一中学校の中学校時代
鴫原ひなた選手は地元の二本松第一中学校へ進学し、バレーボール部へ入部しました。
当時は「友達と楽しく続けて県ベスト8に入れれば十分」と考えていましたが、恵まれた体格とセンスで順調に成長し、福島県選抜として全国大会に出場します。
その活躍が評価され、宮城の強豪・古川学園高校からスカウトを受けました。
髪型や寮生活などの厳しさから当初は進学に強く反対し、家族会議でメリット・デメリットを整理して説得を受ける場面もありました。
しかし、中学3年生の時に隣の席の男子生徒から「人生はつらいことを経験しないと強くなれない」と言われた言葉が胸に刺さり、強くなるために覚悟を決めて古川学園への進学を決意しました。

引用元:Google map ストリートビュー
鴫原ひなたの出身高校は?
鴫原ひなた選手の出身高校は、宮城県にある全国屈指の強豪「古川学園高等学校」です。
高校時代の厳しさや、卒業後に進学ではなく実業団のプロへと進んだ経緯について解説します。
古川学園高等学校の高校時代
高校進学後は、想像以上に厳しい環境での生活が待っていました。
古川学園高校のバレーボール部は規律が非常に厳しく、ショートヘアの指定はもちろんのこと、「眉毛が伸びてもカットしてはいけない」「携帯電話の所持禁止」といった生活上の細かいルールが存在しました。
当時はバレーボールの楽しさよりも、厳しさや苦しさを感じることの方が多かったと本人は振り返っています。
全国からトップクラスの選手が集まる厳しい環境でありながら、鴫原選手は1年生の時から試合に出場する機会を掴んでいました。
学年が上がるとチームの主将も務め、プレイヤーとしてもリーダーとしてもチームを牽引しました。
高校3年生の時には国際舞台でも実績を残しています。
2018年6月にベトナムで開催された「第19回アジアジュニア女子バレーボール選手権大会(U-19)」の日本代表メンバーに選出され、アジア制覇・優勝に大きく貢献しました。

引用元:Google map ストリートビュー
大学へは進学せず、実業団のトヨタ車体へ
高校卒業後の進路について、鴫原ひなた選手は大学へは進学せず、実業団チームの「トヨタ車体クインシーズ(現・アリーザ愛知)」へ入団する道を選びました。
実は当初、大学進学を視野に入れていました。
しかし、高校での生活ルールにより携帯電話を持っていなかったため、自分で大学の学部やキャンパス情報を調べることが難しい状況にありました。
そんな折、高校3年生の時に監督から練習見学先として勧められたのが「トヨタ車体」でした。
実業団という選択肢を初めて知った鴫原選手は、見学を経て入団を決意します。
2019年1月にトヨタ車体クインシーズへの入団内定が発表され、2019年2月には地元・二本松市役所を訪問して表敬訪問を行いました。
プロ入り後の主な実績と歩みは以下の通りです。
2019年(プロデビューと新人賞):Vリーグ開幕戦でいきなりスタメンに抜擢。極度の緊張から前日や試合前に涙を流したものの、先輩の荒木絵里香選手らに励まされて勝利を収める。同年6月のサマーリーグ女子西部大会では「フレッシュスター賞」を受賞。
2021-22シーズン(17連敗の苦悩と成長):チームが17連敗という出口の見えない暗闇に直面。自身もスタメンを外れる時期があり、引退を考えるほど追い詰められる。しかし、連敗を脱出した瞬間の感動を機に「チームや誰かのためにプレーする」という覚悟が定まり、精神的に大きく脱皮する。
2023年〜(主将就任):入団5年目でチームのキャプテンに任命され、チームの精神的支柱となる。
昨シーズン(個人成績の飛躍):アリーザ愛知の主力としてプレーオフ進出に貢献。外国人選手を除くリーグ総得点ランキングで3位、サーブレシーブ成功率では全体8位を記録。
2026年(シニア日本代表への初選出):2026年4月にバレーボール女子日本代表の登録メンバーに初選出。同年6月のネーションズリーグ(フランス戦)で日本代表デビューを果たし、主にピンチサーバーとして11試合に出場。8月開催の「アジア女子バレーボール選手権大会 天津2026」の代表招集メンバーにも名を連ねている。
まとめ|鴫原ひなたの中学校や高校は?二本松第一中学から古川学園高校卒で大学は?
鴫原ひなた選手の学歴やこれまでの歩みについてご紹介しました。
鴫原ひなた選手は、福島県二本松市出身の25歳(2026年8月現在)のバレーボール選手です。
小学3年生で「塩沢スポーツ少年団」に入りバレーボールを始めると、二本松第一中学校から宮城県の強豪・古川学園高校に進学しました。
高校卒業後は大学に進学せず、「トヨタ車体クインシーズ(現・アリーザ愛知)」へ入団し、トップレベルでキャリアを重ねてきました。
17連敗という過酷な苦悩を乗り越えて強いキャプテンシップを培い、2026年には念願の日本代表に初選出されるまでに至りました。
挫折や葛藤を糧にして進化を続ける鴫原ひなた選手。
今後のさらなる飛躍と、日本代表やクラブチームでの活躍を温かく応援していきたいですね。





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