男子バレーボール界の超大型アウトサイドヒッターとして大きな注目を集めている甲斐優斗選手。
200cmの恵まれた体格と圧倒的な最高到達点を武器に、日本代表やトップリーグで素晴らしい活躍を見せています。
そんな甲斐優斗選手が「どこの中学校や高校の出身なのか」「どのような学生時代を過ごしてきたのか」気になっている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、甲斐優斗選手のプロフィールをはじめ、出身中学校である延岡市立延岡南中学校や、出身高校である宮崎県立日南振徳高等学校でのエピソードについて詳しく解説します。
甲斐優斗のプロフィール!年齢や身長や家族構成など
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— 大阪ブルテオン【OSAKA BLUTEON】 (@OSAKA__BLUTEON) August 16, 2026
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まずは、甲斐優斗選手の基本的なプロフィールやご家族について紹介します。
氏名:甲斐 優斗(かい まさと)
生年月日:2003年9月25日
年齢:22歳(2026年8月時点)
出身地:宮崎県延岡市
身長:200cm
体重:86kg(大阪ブルテオン公式サイト)※Wikipedia等では79kgとの表記も見られます
最高到達点:350cm(2026年時点データ)※2024年日本代表プロフィールでは352cm
指高:255cm
ポジション:アウトサイドヒッター(OH)
甲斐優斗選手は、200cmという世界基準の圧倒的な高さを誇る選手です。
最高到達点も350cmを超えており、高い打点から打ち下ろすスパイクは大きな武器となっています。
家族構成は、父・母・兄・本人の4人家族です。
実はご家族全員がバレーボール経験者という「バレーボール一家」育ちなのをご存知でしょうか。
父親は元実業団のバレーボール選手で、甲斐優斗選手が小学生時代に所属していたクラブの監督を務めていました。
なお、お父様のお名前については報道やメディアによって「晃宏さん」とする記載と「正信さん」とする記載の両方が見られます。
残念ながらお父様は、甲斐優斗選手が高校2年生だった2020年に大腸がんのため他界されています。
母親の照美さんもバレーボール経験者で、ママさんバレーで全国優勝を果たした実績を持つ素晴らしい選手です。
さらに2歳年上の兄・甲斐孝太郎さんも、サントリーサンバーズ大阪に所属する現役のプロバレーボール選手(オポジット)です。
まさにバレーボールのサラブレッドとして育ってきたことが分かります。
甲斐優斗の出身中学校はどこ?宮崎県延岡市立延岡南中学校
#バレーボール男子日本代表 の沖縄合宿も終盤!#甲斐優斗 選手とお兄ちゃんのような存在の #大塚達宣 選手📷
— フジテレビ☆バレーボール (@fujitv_volley1) April 27, 2024
大塚選手は甲斐選手に対し「フランスリーグで揉まれ、プレーも人間としても一回り大きくなった」と感じているそうです😳✨ pic.twitter.com/MjTBZwqDkn
甲斐優斗選手の出身中学校は、地元である宮崎県延岡市立延岡南中学校です。
現在の華々しい活躍を見ると中学時代からエリートだったように思えますが、実は当時は全国的に目立つような存在ではありませんでした。
ここからは小学生時代と中学生時代のエピソードを詳しく見ていきましょう。
延岡市立延岡南小学校(推測)
出身小学校については公式に公表されていませんが、出身中学校の校区や所属していた「延岡南バレーボールクラブ」の活動拠点から、延岡市立延岡南小学校の出身ではないかと推測されています。
甲斐優斗選手がバレーボールを始めたのは、小学2年生の時です。
きっかけは、お父様が監督を務めていた「延岡南バレーボールクラブ」に、2歳上の兄・孝太郎さんが所属していたことでした。
しかし、最初から乗り気だったわけではありません。
本人によると、当時は「半強制的」に入部させられたそうで、最初は「いやいや」練習に取り組んでいたと振り返っています。
小学生時代の具体的な身長データはありませんが、とにかくよく寝る子供だったそうです。
「寝る子は育つ」という言葉通り、この頃の十分な睡眠と適切な休養が、後の劇的な身長の伸びにつながる基礎を作っていたと言えます。
延岡市立延岡南中学校
延岡市立延岡南中学校に進学後もバレーボールを続けました。
中学時代の甲斐優斗選手は、全国大会で上位に進出するような目立った成績を残していたわけではありません。
全国的な知名度はまだ低い状態でした。
しかし、元実業団選手であるお父様の指導や、兄・孝太郎さんと切磋琢磨する環境の中で、着実にバレーボールの基本技術を身につけていきました。
中学時代の地道な基礎練習と努力があったからこそ、高校での大開花につながったのです。

引用元:Google map ストリートビュー
甲斐優斗の出身高校はどこ?宮崎県立日南振徳高等学校
甲斐優斗選手の出身高校は、宮崎県立日南振徳(にちなんしんとく)高等学校(2019年〜2022年)です。
この高校時代こそが、甲斐優斗選手のバレーボール人生における最大の転機となりました。
宮崎県立日南振徳高等学校
甲斐優斗選手が日南振徳高校への進学を決めた理由は、2歳上の兄・孝太郎さんが通っていたことや、ご両親が同校バレーボール部の監督の教え子だったという深い縁があったためです。
高校入学時の身長は185cmでした。
これでも十分に長身ですが、ここから脅威的な成長を遂げます。
高校時代に猛威を振るったコロナ禍の影響により、部活動や練習が制限される時期がありました。
その期間中、本人曰く「寝てばかりいたら」、なんとわずか2年間で身長が15cmも伸び、200cmに達したのです。
身長の伸びに伴い、ジャンプ力も20cm以上アップするという驚異的な身体能力の向上を果たしました。
この急成長により一躍覚醒した甲斐優斗選手は、高校3年時の2022年、第74回全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)に出場しました。
チームを全国ベスト4(第3位)という歴史的快挙に導き、自身も「優秀選手賞」を受賞して一気に全国区の有名選手となりました。

引用元:Google map ストリートビュー
専修大学
高校卒業後は専修大学(2022年〜現在在学中)へ進学しました。
大学進学直後の2022年には、1年生にして早くもバレーボール男子日本代表に初選出されるという快挙を成し遂げます。
大学では兄・孝太郎さんと再び同じチームでプレーし、2023年の全日本インカレでは兄弟揃っての最後の大会に挑みました。
2024年(大学3年時)には、当時の日本代表監督であったフィリップ・ブラン氏の勧めもあり、本場のレベルを経験するためフランスリーグの「パリ・バレー」へ短期留学を経験します。
海外での経験を経てさらにたくましく成長した甲斐優斗選手は、2024年の全日本インカレで専修大学を初優勝へと導き、自身も大会最高栄誉である最優秀選手賞(MVP)とサーブ賞を獲得しました。
その後、2024-25シーズンにVリーグの大阪ブルテオン(旧パナソニックパンサーズ)に特別指定選手として入団し、2025年7月には正式入団が決定しました。
大学在学中から日本のトップレベルで主力として活躍を続けています。
まとめ|甲斐優斗の中学校や高校はどこ?延岡南中学から日南振徳高卒で専修大学の経営学部卒!
今回は、男子バレーボール日本代表の甲斐優斗選手の出身校やエピソードについて紹介しました。
中学校
地元である宮崎県の「延岡市立延岡南中学校」出身。お父様が監督を務めるクラブで基礎を磨いたものの、当時は全国的には無名の選手でした。
高校
宮崎県の「宮崎県立日南振徳高等学校」出身。高校生の2年間で身長が185cmから200cmへ急成長し、春高バレーで全国3位に輝き一躍脚光を浴びました。
現在
専修大学へ進学し1年生で日本代表入り。フランス留学やインカレ初優勝&MVP獲得を経て、大同生命SV.LEAGUEの「大阪ブルテオン」の主力選手として活躍中です。
幼少期は「半強制的」に始めたバレーボールでしたが、ご家族の支えと高校時代の驚異的な成長を経て、今や日本を代表する大砲へと成長を遂げました。
200cmの身長と圧倒的なジャンプ力を武器に世界へ挑み続ける甲斐優斗選手を、これからも応援していきましょう。



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