日本男子バレーボール界を代表する192cmの長身セッター、永露元稀(えいろ・もとき)選手。
福岡県春日市出身の永露選手は、春日市立春日北小学校・春日北中学校を経て、全国屈指の名門である東福岡高等学校に進学し、東海大学でセッターへと本格転向を果たしました。
中学時代にオリンピック有望選手として期待され、高校では全国三冠を達成、大学・Vリーグ・日本代表へとステップアップを遂げています。
本記事では、永露選手の出身校ごとのエピソードやポジション変身の軌跡など詳しくまとめて紹介します。
永露元稀のプロフィール!身長や現在の年齢など
日本男子バレーボール界で圧倒的な高さを活かしたトスワークとブロックでチームを牽引する永露元稀選手。
端正なルックスと冷静なゲームメイクでも多くのファンから注目を集めており、日本代表やトップリーグの舞台で躍進を続ける大注目のセッターです。
| 名前 | 永露 元稀(えいろ もとき) |
| 生年月日 | 1996年6月8日 |
| 年齢 | 30歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 福岡県春日市 |
| 身長 | 192cm |
| 所属 | 広島サンダーズ |
| ポジション | セッター(S) |
にらたま永露元稀さんって、好きなYouTubeに粗品さんのチャンネルを挙げていたりと親しみやすい一面があるのですよ



えっ、そうなんだ!お笑い好きなんだ。そんなふうに見えないねぇ(笑)



子供の頃によく三井グリーンランドに遊びに行っていたという可愛いエピソードもあるみたいですよ



僕も三井グリーンランド行ってみたいな~。
永露元稀の出身小学校や出身中学校は?
小学校時代(春日市立春日北小学校)
永露選手の地元は福岡県春日市で、出身小学校は春日市立春日北小学校です。
バレーボールを始めたのは小学4年生の時でした。
いとこに誘われたことがきっかけで競技の世界へ足を踏み入れ、子供の頃にはよく「三井グリーンランド」へ遊びに行くなど、のびのびとした少年時代を過ごしていたようです。


引用元:Google map
中学校時代(春日市立春日北中学校)
中学校は地元の春日市立春日北中学校に進学しました。
当時の部活動環境は、なんと部員が全員初心者という決して恵まれた環境ではありませんでしたが、その中で永露選手はリーダー的存在としてチームを引っ張っていきました。
球出しを自ら積極的に行いながら、サーブやレシーブ、スパイクなど多彩なスキルをしっかりと自分のものにしていったのです。
その努力が実を結び、福岡県選抜メンバーに選出されて「全国都道府県対抗中学バレーボール大会」に出場を果たしました。
中学時代にはすでに身長が186cmに達しており、「オリンピック有望選手」として表彰されるなど、この頃からすでに将来の日本代表を担う原石として注目を集めていました。


引用元:Google map
永露元稀の出身高校や出身大学は?
高校時代(東福岡高等学校)
高校は、全国的な男子バレーボールの名門校として知られる東福岡高等学校に進学しました。
進学の裏側には、元セッターである東福岡高校の藤元聡一監督による熱心な勧誘がありました。
中学までアタッカーだった永露選手に対し、監督は「将来世界で戦える大型セッターに育てたい」という大きな構想を描いて声をかけたのです。
熱意ある言葉に両親は息子を預けたいと考えたものの、当時は「練習がきつい強豪校」というイメージから、永露本人はなかなか首を縦に振らなかったといいます。
最終的には監督や両親、中学の担任から説得されて逃げ場がなくなり、ふてくされながら「わかりました。行きます。たかが3年間でしょ」と言って進学を決意しました。のちに藤元監督から「あの顔は一生忘れられない」と笑い話交じりに語られる、有名なエピソードとなっています。
入学直後は毎日のように筋肉痛になるほど過酷な練習を重ね、高校1年生から早くもレギュラーとして起用されました。
高校時代はセッターではなく、主にミドルブロッカー(アタッカー)としてチームの勝利に貢献しています。
2013年の高校2年時にはU19世界選手権日本代表に選出され、大宅真樹選手や石川祐希選手と共にツーセッターとして併用される貴重な経験も積みました。
大会実績としても、高校2年時の春の高校バレーで全国ベスト4進出を果たし、高校3年時(2014年から2015年)にはインターハイ・国体・春高バレーのすべてで優勝を飾り、見事に全国三冠を達成しました。


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大学時代(東海大学)
高校卒業後は関東の強豪・東海大学へ進学しました。
大学進学のタイミングで監督から「将来オリンピックや日本代表でプレーすることを考えるとセッターに挑戦したほうが可能性が広がる」と告げられ、ここでついにセッターへの本格的な転向を決断します。
しかし、長年アタッカーとして活躍してきただけに、転向当初は「なんで自分がセッターなんだ?」という強い不安や迷いを抱えていました。
そんな時、高校時代の恩師である藤元監督に相談したところ、「一回はやってみることが大事。合わないと思ったらやめればいい」と背中を押され、肩の力が抜けて前向きに挑戦できるようになったそうです。
その努力はすぐに実を結び、大学1年時の2015年には長身を活かした高い位置からのトスとブロックで頭角を現し、U-23日本代表(アジアU-23選手権)およびU-21日本代表(世界ジュニア選手権)にダブル選出されて国際舞台を経験しました。
大学4年時の2018年には、豊田合成トレフェルサ(現在のウルフドッグス名古屋)の内定選手としてVリーグの舞台を踏み、同年には日本代表にも初登録されてアジア競技大会に出場するなど、着実にステップアップを重ねていきました。
まとめ|永露元稀の中学校や高校はどこ?春日市立春日北中学から東福岡高校卒で東海大学へ進学
これまで見てきたように、永露元稀選手の歩んできた学歴と経歴のルートは非常に見事なものです。
小学校
春日市立春日北小学校(小学4年生でバレーボールを開始)
中学校
春日市立春日北中学校(部員全員が初心者の環境でリーダーシップを発揮、福岡県選抜に選ばれ186cmでオリンピック有望選手表彰)
高校
東福岡高等学校(ミドルブロッカー等として活躍し、インターハイ・国体・春高の全国三冠を達成)
大学
東海大学(セッターへ本格転向し、U-21やU-23の日本代表に選出、Vリーグ内定)
大学卒業後はウルフドッグス名古屋で天皇杯優勝やV1リーグ優勝に貢献し、大阪ブルテオンを経て、2025年6月からは広島サンダーズへ移籍してプレーを続けています。
日本代表としてもネーションズリーグや世界選手権の舞台で先発フル出場を果たすなど、日本男子バレーボール界に欠かせない司令塔として今後ますますの活躍が期待されています。














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