2026年には日本代表(登録メンバー)にも初選出され、ますます注目が集まっている男子バレーボールの河東祐大(かわひがし ゆうだい)選手。
コート上での華麗なトスワークはもちろんですが、「どこの学校出身なのかな?」「どんな学生時代を過ごしてきたんだろう?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、河東祐大選手の詳しいプロフィールをはじめ、小・中・高・大学までの学歴や当時の知られざるエピソードを詳しくまとめてみました!
河東祐大のプロフィール!身長や年齢など
バレーボールファンをはじめ、多くの人々から親しまれている河東祐大選手。
まずは基本的なプロフィールからチェックしていきましょう!
| 名前 | 河東 祐大(かわひがし ゆうだい) |
| 生年月日 | 1998年2月7日 |
| 年齢 | 28歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 鹿児島県鹿児島市 |
| 身長 | 175cm |
| 所属 | ジェイテクトSTINGS愛知 |
| ポジション | セッター(S) |
175cmというセッターとしては小柄な体格を感じさせないジャンプ力の持ち主です。
2025-26シーズンからはチームの副キャプテンを務めています。
プライベートでは2023年に結婚を発表し、2025年12月には第一子が誕生したことを自身のSNSで報告しています。パパになってからのプレーにも熱が入っているようですね。
にらたま河東選手って試合中は冷静でシャープな印象があるけど、実は『水曜日のダウンタウン』や『相席食堂』を見るのが大好きな、お茶目な一面もあるのですよ



えっ、そうなんだ!バラエティ番組が好きだなんて、なんだか親近感がわいちゃうね〜



しかもバレー以外の日常では両利きらしくて、自分の性格はすごく几帳面なんだそうですよ



両利きってすごいね!両手でナポリタンとか食べられるってことでしょ!!!両手でクルクル….



さすがに、それはどうなんでしょうね💦
河東祐大の出身小学校や出身中学校は?
地元・鹿児島県で生まれ育った河東祐大選手。
幼少期はどんな子どもだったのでしょうか。地元のゆかりの場所や、バレーボールとの出会いについて迫っていきます。
小学校時代(吉野東小学校)
河東祐大選手の出身小学校は、鹿児島市内にある吉野東小学校です。
バレーボールを始めた時期については「小学1年生のとき」や「6歳」といった記載がありますが、お姉さんの影響でバレーボールの道を歩み始めました。
小学生時代からすでに体格が大きく、地元のバレー仲間からも一目置かれるような存在だったそうです。
ちなみに、現在VC長野でリベロとして活躍している備一真選手とは小学生時代からの知り合いなのだとか。
当時、別々のチームに所属していた2人は練習試合などで交流があったのですが、背が高かった河東選手が、いちばん背の低かった備選手に対して初対面で「君、何年生?」と話しかけたという、クスッと笑える可愛らしいエピソードも残っています。
普段は地元の「吉野公園」によく遊びに行っていたそうで、鹿児島にある「そば茶屋 吹上庵」のそばが懐かしくなる味なのだそうですよ。


引用元:Google map
中学校時代(吉野中学校)
小学校卒業後、河東祐大選手は吉野中学校に進学します。
中学時代からその才能を発揮し、中学バレーボールの大きな大会である「JOC都道府県対抗中学大会」の鹿児島県代表メンバーにもしっかり選出されていました。
この中学時代に、のちの進路を大きく左右する出来事が起こります。
小学生時代に知り合った備一真選手(当時・坂元中学校)は、中学のバレー部で部員数が足りず、思うようにバレーができずに不完全燃焼の日々を送っていました。
そんな備選手に対して、河東選手は「俺、鹿商(鹿児島商業)に行くけど一緒に行かない?」と声をかけたそうです。
この一言がきっかけとなり、備選手も鹿児島商業高校への進学を決めたとのこと。
友人を気遣う河東選手の優しさと、2人の深い絆が感じられる素敵なエピソードですね。


引用元:Google map
河東祐大の出身高校や出身大学は?
中学校で実績を残した河東祐大選手は、地元の強豪校へと進み、さらなる成長を遂げていくことになります。
高校時代(鹿児島商業高等学校)
河東祐大選手が進学したのは、県内屈指のバレー名門校である鹿児島商業高等学校です。
実は、高校1年生のときに大きな転機が訪れます。
それまでアタッカーを務めていた河東選手ですが、高校入学後にセッターへポジション変更を行ったのです。
セッター転向直後にもかかわらず、その才能はすぐに開花しました。
1年生のときに出場した春高バレーでは、いきなりチームを準優勝へと導きます。
2014年1月の春高バレー決勝戦では、当時・石川祐希選手を擁して圧倒的な強さを誇っていた星城高校(愛知)と対戦。
惜しくも敗れはしたものの、全国の大舞台で大きな経験を積むこととなりました。
その後も高校2年・3年時のインターハイや国体で何度も準優勝に貢献。
高校選抜として日本代表に選ばれ、タイ遠征も経験するなど、同世代のトップ選手として駆け抜けました。
中学時代に河東選手が誘った備選手は一般入部だったため、3年間ほとんど公式戦への出場機会がなかったそうですが、エースとしてチームの柱(立派なクスノキ)のように活躍する河東選手たちの姿を、コートの外から全力で応援していたそうです。
| 学校名 | 鹿児島市立鹿児島商業高等学校 |
| 住所 | 〒892-0863 鹿児島県鹿児島市西坂元町58-1 |
| 偏差値 | 48(普通科・商業科系) |


引用元:Google map
大学時代(日本体育大学)
高校卒業後、河東祐大選手は名門・日本体育大学に進学します。
大学でも1年目からさっそく頭角を現し、東日本インカレの優勝に大きく貢献しました。
全国の強力なライバルたちが集まる全日本インカレでもベスト4に入るなど、セッターとしての精度とゲームメイク能力に磨きをかけていきます。
そして大学4年生となった2019年には、V1リーグの「VC長野トライデンツ」の内定選手として登録され、いよいよプロのトップリーグへの一歩を踏み出すことになりました。
まとめ|河東祐大の中学校や高校はどこ?吉野中学から鹿児島商業高校卒で日本体育大学へ進学
今回は、男子バレーボール・河東祐大選手の学歴やエピソードについてご紹介しました。
最後にこれまでの歩みを簡単にまとめておきます。
学歴タイムライン
吉野東小学校 → 吉野中学校 → 鹿児島商業高等学校 → 日本体育大学
小・中学時代
吉野東小でバレーを始め、吉野中時代にはJOC鹿児島県代表に選出。友人の備一真選手を「一緒に鹿商に行こう」と誘う。
高校・大学時代
鹿児島商業高1年時にセッターへ転向し、すぐに春高バレー準優勝。日本体育大学でも東日本インカレ優勝や全日本インカレベスト4に貢献。
大学卒業後の2020年にVC長野へ正式入団した河東選手は、2020-21シーズンのV.LEAGUE DIVISION1で見事に最優秀新人賞を獲得。
その後、2022年にジェイテクトSTINGS(現・ジェイテクトSTINGS愛知)に移籍し、天皇杯優勝などチームの柱として活躍を続けています。
さらに2026年には待望の日本代表に初選出され、8月のブラジル戦でA代表デビューを果たしました。
9月に開催されるアジア選手権の出場メンバーにも選ばれており、国際舞台での活躍にも大きな期待がかかっています。
地元・鹿児島で培った強い絆とセッターとしての高い技術力を武器に、これからもコート上でどんなトスを見せてくれるのか、みんなで温かく応援していきましょう!


















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