日本の男子バレーボール界を長年支え、国際舞台でも活躍を続けている山内晶大選手。
2mを超える高身長を生かしたブロックやスパイクで、チームの勝利に大きく貢献していますよね。
そんな山内選手ですが、実はバレーボールを始めたのは高校生になってからという珍しい経歴の持ち主なのです。
中学時代までは全く別のスポーツをやっていたのだとか。
今回は、山内晶大選手の詳しいプロフィールをはじめ、出身小学校・中学校から高校、大学までの学歴や当時のエピソードを詳しくまとめてみました!
山内晶大プロフィール!身長や年齢など
バレーボール男子日本代表や所属チームの大阪ブルテオンでミドルブロッカーとしてプレーする山内晶大選手。
まずは基本的なプロフィールからチェックしていきましょう。
| 名前 | 山内 晶大(やまうち あきひろ) |
| 生年月日 | 1993年11月30日 |
| 年齢 | 32歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 愛知県名古屋市 |
| 身長 | 204cm |
| 所属 | 大阪ブルテオン |
| ポジション | ミドルブロッカー(MB) |
山内選手といえば204cmという恵まれた体格が目を引きますが、実は生まれた時点でも「体重4300g、身長55cm」とかなり大きかったそうです。
「健やかに、大きく育ちますように」という願いから「晶大」と名付けられたのだとか。
にらたま山内選手ってコートで見せる集中した表情がすごくカッコいいけど、普段の性格はかなりマイペースでおだやかだそうですよ



えっ、そうなんだ!体も大きくて強そうだから、ちょっと意外な感じがするね〜



弟さんとケンカした記憶もないくらい優しい性格なんだって。ちなみに遠征に行くときの必需品は『腹巻き』らしいですよ(笑)



急にかわいらしい一面が出てきた!(笑)
山内晶大の出身小学校(幼少期)や出身中学校は?
幼少期から周りの子どもたちと比べても頭ひとつ飛び抜けて体が大きかった山内選手。
しかし、当時は目立つことがあまり好きではなく、人の前に出てリーダーシップをとるようなタイプではなかったといいます。
食生活の面では少し好き嫌いがあり、野菜よりも白米や豆腐、好きなおかずを中心に食べて育ちました。
ただ、きのこ類は昔から食感が好きで、お味噌汁やサーモンのホイル焼きなどに入れてよく食べていたそうです。
ここからは、そんな山内選手の小・中学校時代について見ていきましょう。
小学校(名古屋市立苗代小学校)
山内選手の出身小学校は、地元・愛知県にある名古屋市立苗代小学校です。
小学生の頃は近所の公園で元気に遊ぶ普通の子ども時代を過ごしていましたが、小学4年生のときに学校のクラブ活動でバスケットボールを始めました。
この時点ではまだバレーボールには出会っていません。


引用元:Google map
中学時代(名古屋市立守山東中学校)
小学校を卒業後、名古屋市立守山東中学校へと進学します。
中学校に入学した時点で、すでに身長は170cmを超えていた山内選手。
小学生から続けていたバスケットボール部に所属し、中学3年間もバスケに打ち込んでいました。
そのため中学時代もバレーボールの経験はなく、スポーツとして触れる機会もほとんどなかったようです。


引用元:Google map
山内晶大の出身高校や出身大学は?
中学を卒業した山内選手は、将来の人生設計を考えて「資格が取得できるから」という理由で名古屋市立工芸高等学校を選択しました。
この高校進学が、彼の人生を大きく変えるきっかけとなります。
高校時代(名古屋市立工芸高等学校)
高校でも最初はバスケットボールを続けるつもりで部活の見学に行った山内選手。
しかし、高校生ならではの激しい身体接触や体格差を目にして「自分に務まるだろうか…」と不安になり、入部をあきらめてしまいます。
そんなときに声をかけたのが、バレーボール部顧問の志水洋監督でした。
「練習もそんなにきつくないし、部員が少ないからすぐにレギュラーになれるよ」と誘われ、高校1年生で初めてバレーボール部に入部。
これが彼のバレーボール人生のスタートでした。
ただ、当時のバレー部はかなりの弱小チームだったそうです。
部員数はわずか6〜7人程度で、チーム内での実践練習(6対6)すらできない状態
人数が足りず、大会のときは水泳部から助っ人を呼んだり、同級生に「立っているだけでいいから」と頼んで出場していた
練習は夏休みでも半日(約2時間)で終わり、帰りにゲームセンターで遊んだり、アルバイトで休むのもOKな「ゆるい」環境
地区大会の1回戦敗退が当たり前で、県大会とは無縁のレベル
そんな環境ではありましたが、山内選手本人はパスやスパイクができるようになる中で「ゼロから1や2になっていく感覚」を味わい、純粋にバレーボールの楽しさを感じていたといいます。
入部当時に182cmほどだった身長は、高校の3年間でさらに約20cmも伸びて200cm超えに到達。
すると高校2年の終わり頃、練習を見に来ていた愛知学院大学の植田和次監督の目に留まります。
高い身長と今後の伸びしろを見込まれ、大学からのスカウトを受けることになりました。
大学への推薦入学には本来「全国大会での実績」が必要でしたが、愛知県選抜として国際大会(日韓中親善大会)に出場したことや、国体選抜チームに選ばれたことで条件をクリア。
高校3年の夏には国体代表として厳しい合宿を経験し、「お茶でおにぎりを流し込むほど体力を消耗した」というエピソードも残っています。


引用元:Google map
大学時代(愛知学院大学)
高校卒業後は、東海1部リーグの強豪である愛知学院大学へと進学(2012年〜2016年)。
大学に入ると才能が一気に開花します。
Vリーグチームとの合同練習に参加した際に能力を高く評価され、大学3年生だった2014年4月に、バレー歴わずか5年で日本代表メンバーへ初登録・初招集を受けました。
同年5月のワールドリーグ・ドイツ戦で日本代表デビューを果たすと、若手有望株として東京オリンピックに向けた強化指定選手「Team CORE」にも選出。
9月のアジア競技大会では銀メダル獲得に貢献しました。
大学4年生の2015年12月には、Vプレミアリーグのパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)への入団が内定。
また、本格的にアスリートとしての食事管理を始めたのも大学で日本代表に呼ばれてからです。
合宿で栄養士から指導を受け、1日3000〜4000キロカロリーを意識して摂るようになりました。
「食べても太りにくい体質」だったため体重維持に苦労しながらも、「食事もトレーニングの一環」として身体作りに向き合っていったそうです。
まとめ|山内晶大の中学校や高校はどこ?守山東中から名古屋市立工芸高卒で愛知学院大学へ進学
山内晶大選手の学歴とバレーボール経歴の歩みを一覧でまとめました。
小学校(名古屋市立苗代小学校)
小学4年生からバスケットボールを始める。
中学校(名古屋市立守山東中学校)
中学時代もバスケットボール部に所属。バレーボールは未経験。
高校(名古屋市立工芸高等学校)
高校1年で初めてバレーボールを開始。部員数人のゆるい環境からスタートするも、3年間で身長が20cm近く伸びて200cm超えに。愛知県選抜や国体代表での実績を作り大学へ。
大学(愛知学院大学)
大学3年時にバレー歴5年で日本代表へ抜擢されデビュー。大学4年時にパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)への入団が決定。
高校からバレーを始めてわずか数年で世界のトップレベルまで上り詰めた山内晶大選手。
今後のさらなる活躍からも目が離せませんね!
















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