今、日本のバドミントン界で最も注目を集める若きヒロインの一人、田口真彩(たぐち まや)選手をご存知でしょうか?
その実力と爽やかな笑顔で多くのファンを虜にしている田口選手ですが、実はその輝かしい経歴の裏には、自らの強い意志で道を切り開いた「転校」のエピソードや、大怪我を乗り越えた壮絶なドラマがありました。
この記事では、田口真彩選手の出身校の変遷を辿りながら、バドミントンを始めたきっかけや、彼女の強さの秘密に迫ります。
田口真彩のプロフィール!宮崎県日向市立日知屋東(ひちやひがし)小学校卒業
田口真彩選手は、小学生時代からすでに全国レベルのトップジュニアとして頭角を現していました。
彼女の基本的なプロフィールと、競技の原点となった小学生時代のエピソードをご紹介します。
| 名前 | 田口真彩(たぐち まや) |
| 生年月日 | 2005年10月9日 |
| 血液型 | AB型 |
| 出身地 | 宮崎県日向市 |
| 身長 | 165cm |
| 所属 | ACT SAIKYO(山口県周南市) |
| 種目 | バドミントン・女子ダブルス/混合ダブルス |
| 利き腕 | 左利き |
サッカー少女になるはずがバドミントンの道へ
田口選手がバドミントンを始めたきっかけは、お姉さんの影響です。
実は、幼稚園の頃の田口選手は「サッカーを習いたい」と考えていました。
しかし、お姉さんがバドミントンのクラブチームに入ったことをきっかけに、小学1年生の頃から一緒に練習へ通うようになります。
偶然のきっかけが、彼女の才能を開花させることになりました。
出身小学校は日向市立日知屋東(ひちやひがし)小学校
田口選手の出身小学校は、地元である宮崎県の日向市立日知屋東(ひちやひがし)小学校です。
彼女の才能が本物だと証明されるまでに、時間はかかりませんでした。
小学4年生の時には、すでに全国大会で準優勝を果たしています。
さらに、小学5年生の時には日本バドミントン協会の「ジュニアU13代表」に選出されました。
幼い頃からその左腕から繰り出されるセンスは群を抜いており、指導者たちの間でも「将来の日本代表候補」として早くから注目を集める存在だったのです。

引用元:Google map ストリートビュー
田口真彩の出身中学は大阪府の強豪・四天王寺中学校から山口県の名門・柳井中学へ転校
小学生時代に全国トップクラスの実績を残した田口選手は、中学進学を機に親元を離れ、さらなる高みを目指します。
彼女の中学時代は、大阪の超強豪校から山口の名門校への「電撃転校」という大きな転機がありました。
最初の入学先は大阪の強豪・四天王寺中学校
田口選手が最初に入学した中学校は、大阪府にある私立の強豪・四天王寺中学校です。
四天王寺中学での田口選手は、中学2年生の時点でU-15バドミントン女子の国内ランキング4位にランクインするなど、順調にエリート街道を突き進んでいました。

引用元:Google map ストリートビュー
柳井市立柳井中学校への転校
しかし、中学2年生の冬、田口選手は大きな決断を下します。
大阪の四天王寺中学から、山口県の柳井市立柳井中学校へと転校したのです。
この異例とも言える転校の理由は、「山口県立柳井商工高等学校のバドミントン部に入りたい」という田口選手自身の強い憧れでした。
14歳の時、大会会場で柳井商工高校の試合を目にした彼女は、選手たちのひたむきなプレーやコーチング、そして応援席の一体感に深い感銘を受けます。
「最後まであきらめない姿」に心を奪われ、高校の入学を待たずに、中学のうちに環境を変えることを決意したのです。

引用元:Google map ストリートビュー
監督に3回断られても諦めなかった熱意
当時、柳井商工高校バドミントン部を率いていた竹光勇監督は、中学生からの突然の申し出に対し、当初は受け入れを拒否しました。
「最初に自分で決めて入学したチームで最後までやり抜く方が、本人のためになるのではないか」と考えたからです。
竹光監督は3回ほど入部や転校を断ったそうですが、田口選手の熱意は揺らぎませんでした。
その決して折れない強い意志に押され、監督も最終的に彼女を受け入れることを決めたのです。
こうして中学2年の冬に柳井中学へ移り、高校での大飛躍に向けた土台を作ることになりました。
田口真彩の出身高校は山口県立柳井商工高校へ進学
中学校を卒業した田口選手は、念願だった山口県立柳井商工高等学校へと進学します。
ここでの3年間で、彼女は日本高校バドミントン界の歴史に名を残す偉業を達成することになります。
異例のスピードで主将に抜擢
田口選手は柳井商工高校で1年生の秋という異例の早さでキャプテン(主将)に指名されました。
強豪校において、上級生を押しのけて1年生がキャプテンに就任するのは極めて異例のことです。
しかし、彼女の練習に対する真摯な姿勢や、中学時代に自ら道を切り開いて転校してきたという強い覚悟は、チームメイトや監督からも絶大な信頼を得ていました。
春夏全国6連覇と世界ジュニア王者への道
田口選手率いる柳井商工高校は、まさに無敵の強さを誇りました。
| 大会名 | 実績 |
| インターハイ(全国高校総体) | 女子団体 3連覇 |
| 全国高校選抜大会 | 女子団体 3連覇 |
| 世界ジュニア選手権(U-19) | 女子ダブルス 優勝 |
国内外の大会を総なめにし、高校3年生の秋には世界ジュニア選手権で世界一の称号を手にしました。
大怪我を乗り越えて
これほど華やかな実績を持つ田口選手ですが、高校2年生の12月には選手生命を揺るがす大試練に見舞われています。
全国選抜大会の予選を前に、左膝の半月板を断裂するという大怪我を負ってしまったのです。
手術を余儀なくされ、約2ヶ月間に及ぶ過酷なリハビリ生活を送ることになりました。
一時は「バドミントンをやめたい」と思うほど精神的に追い詰められたといいます。
しかし、チームメイトの支えや「もう一度コートに立つ」という強い意志で絶望を乗り越え、3月の全国選抜大会で見事に復帰を果たします。

引用元:柳井商工高校HP
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言われてみると…どんどんその人に見えてくるから不思議ですよね。

まとめ|田口真彩の出身校は大阪府・四天王寺中学から山口県・柳井中学へ転校して柳井商工高等学校へ!
この記事では、バドミントン界で注目を集める田口真彩選手の学歴と、それにまつわるエピソードについてご紹介しました。
彼女がこれまでに歩んできた主な道のりは、以下の通りです。
小学校
宮崎県の日向市立日知屋東小学校を卒業。小学4年生で全国準優勝し、5年生でジュニアU13日本代表に選出される。
中学校
大阪府の強豪・四天王寺中学校に入学するも、柳井商工高校のプレースタイルに憧れ、中学2年冬に山口県の柳井市立柳井中学校へ電撃転校。
高校
憧れの山口県立柳井商工高等学校へ進学。1年生の秋から主将を務め、春夏あわせて全国6連覇という偉業を達成。さらに世界ジュニア選手権で優勝し世界一に輝く。
高校卒業後の田口選手は、プロとして実業団チームの「ACT SAIKYO(西京銀行)」に所属しています。
その動機について彼女は、「自分が辛い時に支えてくれた山口県に恩返しがしたい」と語っており、お世話になった場所への感謝を忘れない実直な人柄が伝わってきます。
自らの意志で環境を変え、怪我の苦しみを乗り越えて世界の頂点へと羽ばたいた田口真彩選手。
彼女がこれからシニアの舞台でどのような活躍を見せてくれるのか、今後のプレーからも目が離せません。


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