日本の男子バレーボール界で未来のエース候補として注目を集めているのが、オポジットの西山大翔(にしやま ひろと)選手です。
神奈川県南足柄市出身の西山選手は、地元の小中学校を経て、強豪校から大学へ進みました。
一時はバレーから離れる大きな挫折を経験するも、プロの世界で劇的な復帰を果たし、日本代表としてもコートに立ち続けています。
本記事では、西山選手の出身校や各年代での歩み、プロフィールについて詳しく紹介していきます。
西山 大翔のプロフィール!身長や現在の年齢など
日本の男子バレーボール界を支える若手選手として、注目されている西山大翔選手。
パワフルなプレーと高いポテンシャルを持つ彼の、基本的なプロフィールをみていきましょう。
| 名前 | 西山 大翔(にしやま ひろと) |
| 生年月日 | 2003年3月4日 |
| 年齢 | 23歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 神奈川県南足柄市 |
| 身長 | 193cm |
| 所属 | 大阪ブルテオン |
| ポジション | オポジット |
コートの上では豪快なスパイクやサーブでチームを引っ張る西山選手ですが、プライベートでは違った一面も持っています。
にらたま西山大翔さんって試合中の力強いプレーの印象が強いけど、実はアニメや漫画鑑賞が好きだったり、少し人見知りな一面があるのですよ



えっ、そうなんだ!コート上の頼もしい姿とのギャップがあって親近感が湧くね〜



カラオケではback numberの曲を歌うそうですよ



ますます応援したくなるね!
西山大翔の出身小学校や出身中学校は?
ここでは、西山選手が子供時代を過ごした地元での学校生活や、バレーボールとの出会いについて振り返ります。
どのような環境で競技の基礎を培っていったのでしょうか。
小学校(南足柄市立岩原小学校)
神奈川県南足柄市にある南足柄市立岩原小学校に通っていた西山選手。
家族みんながバレーボールをしていたという環境に囲まれて育ち、ごく自然な流れでバレーボールに親しむようになっていきました。
幼い頃から身近にボールがある環境が、のちの才能の土台となっていったようです。


引用元:Google map
中学校(南足柄市立岡本中学校)
中学校は、同じく地元の南足柄市立岡本中学校へ進学しました。
バレーボールを本格的に始めたのは中学2年生の時からと、競技人生のスタート自体は特別早いわけではありませんでした。
しかし、そこから頭角を現していくことになります。


引用元:Google map
西山大翔の出身高校や出身大学は?
高校から大学、そしてプロへの道へ進む中で、西山選手は大きな飛躍と、一時は競技から離れるほどの大きな壁に直面することになりました。
それぞれの時期の様子をたどります。
高校時代(東海大学付属相模高等学校)
高校は神奈川県の強豪・東海大学付属相模高等学校に進学しました。
チームの背番号4を背負い、世代を代表するアタッカー、そしてエースとしてチームを引っ張る存在に成長します。
『春高バレー2021(第73回全日本高校選手権)』では2年ぶりの出場を果たし、1回戦の弘前工業戦ではトータル18得点を挙げてストレート勝ちに貢献するなど、全国の舞台で存在感を示しました。
当時の最高到達点は355cmと報じられています。


引用元:Google map
大学時代(東海大学・入学後、半年ほどで中退)
高校卒業後は東海大学へ進学し、1年生の頃からすぐにスタメンに選ばれて活躍していました。
しかし、進学から半年ほどが過ぎた頃、環境が合わずにやりづらさを感じるようになり、徐々にモチベーションも下がってしまいました。
中学2年から本格的に打ち込んできたバレーボールに対し、「もういいかな」と感じるほど精神的に追い詰められ、結果としてバレーボール部を退部し、大学も中退することを選びました。
大学を離れたあとは実家に戻り、約9ヶ月間ほどバレーボールから完全に離れた生活を送ります。
家で漫画やアニメを見ながら過ごし、一時は別の仕事を探そうと考えていた時期もありました。
そんな時、東海大学時代の試合でプレーを見ていたパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)のスタッフから声をかけられます。
就職活動を始めようとしていた2022年6月にオファーを受け入れ、プロとして再びコートに戻る決断をしました。
復帰後は日本代表にも選出され、国際大会でのサービスエースなど、若手のエース候補として確かな歩みを見せています。
まとめ|西山大翔の中学校や高校はどこ?南足柄市立岡本中学から東海大学付属相模高校へ進学
ここまで、西山大翔選手の経歴やプロフィールについて見てきました。これまでの主な歩みは以下の通りです。
学生時代の経歴
南足柄市立岩原小学校から岡本中学校を経て、強豪・東海大学付属相模高校へ進学。高校時代は世代トップクラスのアタッカーとしてチームを牽引しました。
挫折と復帰の軌跡
東海大学進学後に環境の変化などから半年ほどで退部・中退を経験し、約9ヶ月間のブランクを過ごしました。その後、パナソニック(現・大阪ブルテオン)からのオファーをきっかけに、プロ選手として見事な復帰を果たしています。
現在の活躍
最高到達点350cmを優に超えるジャンプ力や強烈なサーブを武器に、大阪ブルテオンや日本代表の未来を担うエース候補として、さらなる飛躍が期待されています。
最高到達点350cmを超える圧倒的なジャンプ力と強烈なサーブを武器に、幾多の経験を乗り越えてコートに戻ってきた西山選手。
これからのさらなる活躍からますます目が離せません!















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