バレーボール界の第一線で活躍し、日本代表としても大きな注目を集めているエバデダン・ラリー選手。
コートで見せる高いブロックやクイックなどのプレーはもちろん、どんな学生時代を過ごしてきたのか気になりますよね。
今回は、エバデダン・ラリー選手の出身小中学校や高校、大学までの歩みを詳しくたどっていきます。
学生時代の意外なエピソードや、プロや代表へと駆け上がった道のりを一緒に見ていきましょう。
エバデダン・ラリーのプロフィール!身長や現在の年齢など
日本代表や大阪ブルテオンでミドルブロッカーとして活躍するエバデダン・ラリー選手。
コートでの高い身体能力や確かな技術はもちろん、朗らかなキャラクターやユニークな一面でも親しまれています。
まずは基本のプロフィールから見ていきましょう。
| 名前 | エバデダン・ラリー・アイケー(えばでだん らりー あいけー) |
| 生年月日 | 2000年8月18日 |
| 年齢 | 26歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 岐阜県海津市 |
| 身長 | 195cm |
| 所属 | 大阪ブルテオン |
| ポジション | ミドルブロッカー(MB) |
身長195cmという恵まれた体格を持ち、チームの守備の要として欠かせない存在となっています。
にらたまエバデダン・ラリーさんって195cmの高さから繰り出すプレーの印象が強いけど、実はカラオケの定番曲がアニメの曲だったり、ジャングルポケットが好きだったりする親しみやすい一面があるのですよ



えっ、そうなんだ!カッコいいプレーとのギャップがすごいね〜



チームでは髪の盛り具合を自分で一番だと言っていたりして、ユーモアもたっぷりなのですよ



髪の盛り具合?あれは盛ってたのか(笑)
エバデダン・ラリーの出身小学校や出身中学校は?
岐阜県で生まれ育ったエバデダン・ラリー選手。幼少期から学生時代にかけて、どのようにバレーボールと向き合ってきたのでしょうか。
小学校と中学校の足跡をたどります。
小学校(幼少期)
岐阜県海津市内の小学校(個人ブログ等で海津市立今尾小学校と紹介されることもありますが、公式な情報ではないため参考程度となります)に通っていた小学生時代。
バレーボールを始めたのは小学4年生のときでした。
3歳上の兄であるジェフリー宇意さんの影響で競技を始めましたが、当時はもともと野球をしていて「日光が苦手だった」という理由から、周りから何か運動をするよう勧められて消去法で選んだそうです。
インタビューでは「本当は何もやりたくなかった」と振り返っており、当時はバレー選手を将来の夢に掲げることはありませんでした。
スパイクを打つ楽しさにはまる一方でレシーブが苦手だったこともあり、「中学でひと区切りしよう」と考えていたというのは、今となっては少し意外なエピソードですね。
中学校時代
公式な情報は一切公開されていないため中学校名がわからないのですが、岐阜県海津市内の中学校に通っていたと思われます。
インターネット上の個人ブログ等で「海津市立平田中学校」と紹介されることもありますが、公式な情報源は見当たらないため、あくまで参考程度となります。
中学1年生から毎年10cmずつ身長が伸び続け、中学3年生の頃には約190cmにまで達しました。
この著しい成長とともに頭角を現し、中学時代には「JOC(ジュニアオリンピックカップ・都道府県選抜大会)」の岐阜県選抜メンバーに選出されています。
大会会場などでは周囲から「将来の日本代表だな!」と絶賛されることもありましたが、当時の本人は自分のプレーに自信が持てず、「なんでそんなにおだてるんだろう?」と不思議に感じていたそうです。
エバデダン・ラリーの出身高校や出身大学は?
地元・岐阜県を離れ、さらに競技のレベルを高めていった高校・大学時代。
それぞれの場所でどのような経験を積んだのか見ていきましょう。
高校時代(松本国際高等学校)
高校は、兄と同じ長野県の強豪校である松本国際高等学校(旧・創造学園高等学校)へ越境入学しました。
部活の監督が自宅を改築した寮で3年間を過ごし、私用の携帯電話を監督やコーチに預けて物理的に回収される厳しい環境や、外出禁止というルールの中で生活を送りました。
そんな厳しい条件の中でも、同期の部員7人と毎月1回鍋を囲むなどして、強い絆を育んでいったそうです。
春高バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)には3年連続で出場を果たしました。
さらにゲームキャプテン(主将)も務め、チームをまとめる責任感やリーダーシップをしっかりと培っていきました。
高校3年生の春高バレー準々決勝では、のちに日本代表でチームメイトとなる大塚達宣選手を擁する優勝候補・洛南高校と熱い戦いを繰り広げました。


引用元:Google map
大学時代(筑波大学)
高校卒業後は筑波大学へ進学し、さらなる飛躍の舞台へと進みます。
大学生活では、異例のV1早期デビューやインカレ制覇など、驚くようなスピードでステップアップを重ねていきました。
V1デビューと日本代表初選出(2021年〜2022年前半)
大学3年時の2021年12月、V.LEAGUEのパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)へ入団することが発表されました。
大学4年生の内定選手以外となる現役大学生の加入は、パナソニックにとって初の試みでした。
2022年1月
V1リーグデビューを果たし、同年3月には初のスタメン出場を経験。
2022年4月
一度大学へ復帰したのち、男子日本代表チーム(龍神NIPPON)の登録メンバーに初めて選出。「AVCカップ」では全試合にスタメン出場し、チームの準優勝に大きく貢献しました。
インカレ日本一とプロ正式加入(2022年後半〜2023年)
代表活動やリーグ戦で経験を積んだ大学後半は、チームの主軸として圧倒的な結果を残します。
2022年秋
秋季関東大学リーグでブロック賞を受賞。
2022年12月
全日本インカレで、主将の垂水優芽選手らとともに筑波大学を10年ぶりの日本一(優勝)へと導き、自身もブロック賞を獲得。
2023年1月
全日本インカレ終了後、パナソニックの選手として正式にVリーグ登録。
2023年10月
オリンピック予選(OQT東京大会)にて、代表の追加登録として大舞台で先発出場を果たす。
プロ入り後も、2024-25シーズンのSV.LEAGUE MENでレギュラーシーズンのベストミドルブロッカー(ベスト6)を受賞するなど、日本代表のキーマンとして歩みを続けています。
まとめ|エバデダン・ラリーの中学校や高校はどこ?市立平田中から松本国際高校卒の筑波大へ進学?
ここまで、エバデダン・ラリー選手の学生時代から現在までの歩みを振り返ってきました。
小学校時代
小学4年時に兄の影響でバレーボールを開始
中学校時代
中学3年間で身長が190cm近くまで伸び、JOC岐阜県選抜に選出
松本国際高等学校
長野県へ越境入学し、寮生活を送りながら春高バレーに3年連続出場・主将を務める
筑波大学
異例の早期V1デビューを果たし、全日本インカレ優勝や日本代表初選出を経験
消去法で始めたというバレーボールと向き合いながら、身長の伸びとともに実力をつけ、強豪校や大学での厳しい環境を乗り越えて日本を代表するミドルブロッカーへと成長したエバデダン選手。
これからの更なる活躍からも目が離せませんね!
















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