レースの後半で見せるものすごい粘りや、最後まで諦めない走りが印象的な佐藤早也伽選手。
ひたむきに競技と向き合う姿に、思わず応援したくなる方も多いのではないでしょうか。
今回は、これまでに分かっている中学生時代から大学時代までの歩みを振り返ってみます。
佐藤早也伽のプロフィール!身長や現在の年齢など
宮城県で生まれ育ち、現在は長距離やマラソンの世界で第一線を走り続けている佐藤早也伽選手。
まずは、これまでの歩みを見ていく前に、基本的なプロフィールを整理しておきましょう。
| 名前 | 佐藤 早也伽(さとう さやか) |
| 生年月日 | 1994年5月27日 |
| 年齢 | 32歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 宮城県大崎市(旧・大崎市鹿島台) |
| 身長 | 157cm |
| 所属 | 積水化学工業女子陸上競技部(セキスイフェアリーズ) |
| ポジション | 長距離走・マラソン |
走っているときのストイックな姿がかっこいい佐藤選手ですが、プライベートの話題になると、ちょっと意外で親しみやすい一面もちらほら見えてきます。
にらたま佐藤さんってレース中の真剣な表情の印象が強いけど、実はかわいいカフェに行くのが好きだったり、うさまるやアリスが好きな一面があるのですよ



えっ、そうなんだ!普段のカッコいい走りとのギャップがたまらないね〜



地元・大崎市の特産品であるデリシャスとまとや、オムライスも好きなんですって。



ますます親近感が湧いちゃうね!
佐藤早也伽の出身小学校や出身中学校は?
子どもの頃から体を動かすのが好きだったという佐藤選手。
地元・宮城の学校に通っていた当時は、どんなふうに過ごしていたのでしょうか。当時の記録をたどってみます。
小学校(幼少期)
調べてみたところ、通っていた小学校の具体的な名前や当時のエピソードについての記録やインタビューなどは公開されておらず、当時の情報はほとんどありません。
ちなみに、出身地である大崎市鹿島台は、春や秋に開かれる「互市」が有名で、地域の人々の温かい雰囲気が感じられる街です。
中学校時代(大崎市立鹿島台中学校)
中学生になると、大崎市立鹿島台中学校へと進みました。
入学のタイミングで陸上部に入り、ここから本格的に走ることの楽しさや厳しさを味わっていくことになります。
中学3年を迎えた2008年には、宮城県中学駅伝の1区を走り、区間9位の記録を残しました。
この当時の5000mの年度ベストは15分43秒23となっており、中学生の頃から地元でしっかりと力をつけていたことがうかがえます。


引用元:Google map
佐藤早也伽の出身高校や出身大学は?
中学を卒業したあとも、地元の宮城からさらに上のステージを目指して競技を続けていきました。
それぞれの場所でどんな毎日を送っていたのかを見ていきましょう。
高校時代(常盤木学園高等学校)
スポーツの強豪として知られる宮城県の常盤木学園高等学校に進学し、着実にステップアップしていきました。
高校2年を迎えた2011年3月には東日本大震災に遭い、練習が満足にできないような大きな困難に直面しました。
しかし、そうした逆境の中でも競技への思いを絶やさず、ひたむきに練習を重ねて自らの力に変えていきました。
主な実績
高校2〜3年
宮城県大会の1500mや3000mで2位に入り、日本人最上位を獲得。東北大会へ進出。
駅伝の悔しさと経験
全国高校駅伝を目指した宮城県大会では強豪・仙台育英高校の壁に阻まれたものの、都道府県対抗女子駅伝には3年連続で宮城県代表として出場(1年時5区、2年時4区、3年時2区)。東日本女子駅伝にも2・3年時に出場。
タイムの推移(5000m年度ベスト)
1年 17分13秒58
2年 17分00秒18
3年 16分25秒74
高校のころから「将来は実業団でマラソンを走りたい」という夢を掲げ、学年が上がるごとに着実にタイムを縮めていきました。


引用元:Google map
大学時代(東洋大学)
高校を卒業したあとは東洋大学へと進み、さらに上のレベルへと挑んでいきました。
主な実績
大学1年(2013年)
6月の日本学生陸上競技個人選手権5000mで5位に入り、個人種目として初めての全国入賞を達成。
主要大会の出場
トラックでのインカレのほか、ロードでは杜の都駅伝や富士山女子駅伝にチームの代表として何度も出場。
大学4年(2016年)
関東インカレで5000m 5位、10000m 3位に入るなど、上級生としてしっかり結果を残す。
タイムの推移(年度ベスト)
5000m
大学1年 16分12秒16 / 大学2年 15分58秒85 / 大学3年 15分59秒46 / 大学4年 16分00秒49
10000m
大学3年 34分17秒11 / 大学4年 33分28秒94
ちなみに、当時の走りは今とは少し違っていました。
現在の特徴である「膝から下を大きく前に振り出すフォーム」ではなく、当時はそこまで脚の振り出しも大きくなく、膝が伸びずに少し緩んだ状態で走っていたのです。
日々の試行錯誤を重ねながら、今の力強い走りにたどり着いたことがよく分かりますね。
まとめ|佐藤早也伽の中学校や高校は?大崎市立鹿島中から常盤木学園高校卒で東洋大進学
宮城県大崎市で生まれ育ち、大崎市立鹿島台中学校、常盤木学園高等学校、そして東洋大学を経て、実業団の舞台へと進んだ佐藤早也伽選手。
学生時代からコツコツと練習を重ね、駅伝やトラックレースでたくさんの経験を積んできたからこそ、今の力強い走りやトップランナーとしての足跡があります。
これからも、一歩一歩前を向いて走り続ける佐藤選手の姿をずっと応援していきたいですね。













コメント