國學院大學の陸上競技部でめざましい活躍を見せている長距離ランナーの髙石樹(たかいし いつき)選手。
高校から本格的に陸上競技を始めたという異色の経歴を持ちながら、世代を代表するトップランナーとして大きな注目を集めています。
中学時代は運動部に入っていなかったという意外な過去や、高校での劇的な転機、そして箱根駅伝などの大舞台での鮮烈な走りまで、気になる足跡を詳しく見ていきましょう。
國學院大學の陸上競技部・髙石樹のプロフィール!身長や現在の年齢など
國學院大學の長距離界を引っ張る新エース候補として、日々存在感を増している髙石樹選手。
基本的なプロフィールをみてみましょう。
髙石樹のプロフィール
| 名前 | 髙石 樹(たかいし いつき) |
| 生年月日 | 2006年5月23日 |
| 年齢 | 20歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 高知県高知市 |
| 身長 | 159cm |
| 所属 | 國學院大學 人間開発学部 健康体育学科 |
| ポジション | 長距離ランナー |
にらたま髙石樹さんって、実は中学時代は帰宅部でゲームばかりしていたという運動とは無縁の学生生活だったそうですよ



えっ、そうなんだ!いまあんなにすごい走りを見せているから、ずっとエリートアスリートだったのかと思ったよ〜



高校の担任の先生の一言がきっかけで陸上を始めたっていうのも、なんだか運命的ですよね



ますます応援したくなっちゃうね!
髙石樹の出身小学校や出身中学校は?
🆙『#ラジオ版西村駅伝』 Podcastにアップしました!➡︎https://t.co/Ar9TKQ2Pl3 「西村菜那子の駅伝取材ノート」🎤國學院大學 尾熊迅斗選手、髙石樹選手 「将市のルーキーさんいらっしゃい!」🎤帝京大学 松尾航希選手 https://t.co/KJUb1kT2lN
— 文化放送大学駅伝独り占め (@ekiden1134) October 8, 2026
※大きくしてみました。


小学校(幼少期)
髙石選手の出身小学校の具体的な名称は公開されていませんが、高知県高知市で生まれ育ちました。
幼少期は身体が少し弱かったそうで、親御さんが競泳にするか水球にするか悩んだ末、小学校高学年から地元のクラブで水球を始めたというユニークなエピソードがあります。
当時は学習塾との両立もあり、チームメイトに比べると練習の頻度は少なめだったそうですが、水球に取り組むようになったおかげで体調を崩しにくくなり、丈夫な身体の土台が作られていきました。
中学校時代(高知市立朝倉中学校)
出身中学校は高知市立朝倉中学校です。
中学校に進学した当初はバスケットボールをやりたいと考えていたそうですが、新型コロナウイルスの影響なども重なり、運動部には所属せずにいわゆる「帰宅部」として学校生活を送っていました。
放課後はまっすぐ自宅に帰る生活で、当時はスポーツよりもゲームに夢中になり、家でゲームばかりしていたと振り返っています。
この頃は、のちに日本の長距離界を驚かせるトップランナーになるとは、本人も想像していなかったかもしれませんね。


引用元:Google map
髙石樹の出身高校や出身大学は?
髙石&顕臣ペアは何かしらしてくださる笑 優しく微笑む鼻野木くんの包むような笑顔がもう三年になる風格を感じられた! 箱根優勝の為には3人の力が不可欠だから💪 #國學院大學激励会 #鼻野木悠翔 #髙石樹 #野田顕臣 https://t.co/xmULoc61YI
— パセリ (@tukitaku04) March 20, 2026
高校時代(高知県立高知工業高等学校)
進学したのは、県内の強豪として知られる高知県立高知工業高等学校です。
高校に入学した当初も特に部活には入っていませんでしたが、1年生の時の担任の先生から「工業高校に入ったからには、部活をやりなさい」「何かやれ」と強く勧められたことが、陸上界へ足を踏み入れるすべての始まりとなりました。
お母様の後押しもあり陸上部への入部を決意しますが、当時は競技の完全な初心者だったため、最初は競歩からスタートすることになりました。
しかし、高校1年の夏頃に長距離へ移行すると、メキメキと才能が開花します。
7月の記録会で3000mを好タイムでまとめたことを皮切りに頭角を現し、高校3年時には高知高校新記録および四国高校新記録を打ち立て、四国勢初となる5000m13分台(13分58秒23)をマークするという驚異的な成長を遂げました。
全国高校駅伝(都大路)の1区でも区間3位の素晴らしい走りを披露し、高校生にして全国トップクラスの実力派ランナーとして知られる存在になりました。


引用元:Google map
大学時代(國學院大學・人間開発学部・健康体育学科)
高校卒業後は、強豪・國學院大學の人間開発学部健康体育学科に進学しました。
進みの決め手となったのは、苦しい時にも温かく声をかけ続けてくれた前田康弘監督の人柄や、チーム全体の素晴らしい雰囲気でした。
大学1年生のシーズンには、伝統の第102回箱根駅伝で山上の難所である5区に抜擢されます。
1年生としては最高記録となる快走を見せ、区間4位でゴールテープを切る大仕事をやのけました。
レース後には「上りはやっぱりきついですし、別に得意だとは思っていません。自分は本番で動くタイプです」と頼もしい言葉を残しています。
さらに、大学2年時には10000mで27分57秒71をマークし、日本選手でも限られた選手しか到達していない27分台に突入しました。
憧れのマラソン日本記録保持者・大迫傑選手の背中からも刺激を受けながら、将来は実業団を経てマラソンで日の丸を背負うという大きな目標に向かって、日々練習に励んでいます。
まとめ|髙石樹の中学校や高校は?高知市立朝倉中学から高知県立高知工業高校卒で國學院に進学
今回は、國學院大學の陸上競技部で躍進を続ける髙石樹選手の軌跡をご紹介しました。
小学校時代は身体の弱さを克服するために水球に取り組み、中学校時代(高知県立朝倉中学校)は運動部に入らず帰宅部でゲームを楽しんでいました。
高知県立高知工業高等学校に入学後、担任の先生の言葉をきっかけに陸上を始め、競歩から長距離への転向を経てわずか数年で全国トップクラスへと登りつめました。
國學院大學に進学後は、箱根駅伝5区での好走や10000mでの27分台突入など、チームの主力として圧倒的な輝きを放ち続けています。
競技未経験からスタートし、類まれな努力と才能で次世代のエースへと駆け上がった髙石樹選手。これからの駅伝シーズンや将来の世界舞台でのさらなる活躍から、ますます目が離せませんね!














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